無名ブログ

その辺にいる名も無き一日本人の雑記

中国が民主化したらアジアに平和と安定が訪れるか

 6月4日で、1989年の天安門事件から30年となった。

 

 天安門事件を簡潔に述べると、民主化を求める学生をはじめとした民衆に対し中国政府が戦車を含めた軍兵士を出動させて鎮圧、多数人を殺戮傷害した事件である。

 

 中国政府の発表で、死者300人強。一般には1万人以上が殺されたとされている。

 

 まあ、NHKや池上彰氏のように、中国政府でも300人強の死者を認めているのに、大量虐殺はなかったと寝言をほざいているジャーナリズム()もあるが。

 

 ともあれ、自国の人民を大量に殺戮したこの事件は当然世界の、特に西側の民主国家から強い批判を浴び、また制裁を受けることとなった。

 

 ところが、この制裁を、西側民主国家でありながら真っ先に解除した国がある。

 

 嫌な予感がしている方もいるだろうが、残念ながら日本だ。

 

 天安門事件後の国際社会の制裁の中、中国にいち早く救いの手を差し伸べたのは海部俊樹内閣だった。

 

 言うまでもなく、海部政権は自民党自由民主党政権だ。

 

 「自由」も「民主」も踏みにじった中国政府の蛮行を最も強く批判し、制裁を主張しなければならないはずの自民党が真っ先に手を差し伸べた。

 

 その後も、知られている通り巨額の支援を続けた。無論、国民の血税だ。

 

 常日頃、軍靴がどうたら言っていた、社会党公明党はじめとする「平和政党」も、軍靴どころか戦車で自国民を踏みにじった中国への制裁解除に猛反対したという話も寡聞にして知らない。

 

 その後も国民の血税が中国の軍事強化に使われていることに、支援中止を訴えたというような話も、また、寡聞にして知らない。

 

 まあ、日本の政治家やマスコミがいう自由やら民主主義なんて、こんなものだ。

 

 

 

 無論、当時の政府や政治家、マスコミの報道を批判する意見はある。

 

 あの時、日本が手助けをするようなことをしなければ、中国は民主化の道を歩むことができた。

 平和で安定的な国家となり、今日のように中国が尖閣、沖縄、東シナ海南シナ海へ侵略し、好き放題荒らし回るという事態にはならなかった、というような意見だ。

 

 だが、このような意見については疑問がある。

 

 民主化したかどうかは分からないが、仮に民主化したとして、今日のような事態にならなかったと言えるか。

 

 民主主義、民主制というが、それ自体は統治体制の1つ、国家社会の運営方法の1つでしかない。

 

 確かに中国が民主化すれば、中国国内での自由や尊厳は今よりは認められるようになるだろう。政府に反対したからと言って戦車でミンチにして排水溝へ流すという惨劇も、今よりは起きにくくなるだろう。

 

 だが、それは中国国内の中国人の話だ。

 

 民主制は治者と被治者の自同性などとも言われるように、ある意味、その国の国柄が、国民性がむき出しになる面がある。

 

 中国の根本思想、宗教は儒教であり中華主義だ。

 

 この世界に国家や文明は自分達だけ、それ以外には存在しない。それが中華主義だ(それ故、中国はシナではなく中国と呼ぶのが妥当。⇒中国と呼ぶべきかシナと呼ぶべきか)。

 

 民主化したからと言って、その本質が変わるわけではない。

 

 実際、同じく儒教国である韓国は民主制を採っているが、言っている事やっている事、中国や北朝鮮と大して変わりはない。

 竹島を侵略して居座り、つい先頃もレーダー照射という歴とした軍事行動を日本に対して行っている。親日派断罪など、中国や北朝鮮の思想犯を髣髴とさせる。

 

 ソ連民主化してロシアとなったが、ウクライナ(クリミア)を侵略した。

 

 そもそも、世界中を侵略し、千万単位の非白人種の虐殺と無数の文明の破壊を繰り広げたのは、「民主主義の先進国」イギリスだ。

 

 逆に、王制をとっているブータンは平和的な国家だ。平和的過ぎて中国の侵略を招いてしまっているが。

 

 民主国家であるかと平和的な国家であるかは別次元の話だ。

 

 

 

 中国は、共産主義、民主主義である前に中華主義の国だ。

 

 どのような政治体制になっても、他の国家や文明を認めないという基本スタンスは変わらない。

 

 実際、共産党に対し反対のスタンスを取っている中国人でも、チベットや沖縄は中国領という人は少なからずいる。

 

 今やどの町でも中国人を見かけることがあるだろうが、アパートやマンションで碌にゴミ出しルールも守らず、中国ではこれでいいんだと開き直る。店の行列への割込みを注意した警備員を椅子で殴りつける。

 この中国人たちが、民主化したらルールを守る平和的な国民に早変わりするか。

 

 民主化でこの国民性が早変わりするなどと本気で思うバカはいないだろう。

 

 ならば、中国が民主化したらアジアに平和と安定が訪れるなどというセリフは、妄言もいいところだ。

 

 

 念のため、中国は民主化すべきではないというのではない。

 

 中国国内にいる中国人の立場になって考えるなら、民主化はした方がいいだろう。少なくとも今よりは自由で尊厳ある生活を送れるようになる可能性はある。

 

 それ故、民主化を志して命がけで戦っている中国人にやめろなどと言うつもりは毛頭ない。

 

 ちょうど現在香港で身柄を拘束した容疑者の中国本土への移送を可能にする、逃亡条例案に反対する大規模デモが行われている。

 この条例が可決されれば、事実上、香港でも中国政府の意に沿わない人間は問答無用でしょっ引くことができるようになる。

 彼らの行動が実を結ぶことを心から祈っている。

 

 だが、外側にいる、日本初めとするアジア諸国にとっては、民主化するかは関係ない。

 

 ぶっちゃけて言えば、民主化しようがしまいが、どっちでもいい。

 

 共産党体制が民主制へ移行しても、中国は「中華主義の国」だ。

 

 向こうさんは、ハナからこちとらを国家とも文明とも思っていない。中国以外の国の国民など人間とも思っていない。存在自体を否定している。

 

 

 

 中国が民主化したからといって、アジアに平和と安定は訪れない。

 

 

 

 中華主義の国、中国は存在する限り、共産党体制であろうと民主制であろうと、アジアの災いであり続ける。