無名ブログ

その辺にいる名も無き一日本人の雑記

古代日本に文字はあったか

 現在、日本語といわれる文字は、漢字および漢字を基にしたカタカナ、ひらがなを指す。

 

 残念ながら、日本固有の文字とはいえない。

 

 もっとも、神代文字といわれる文字があったという説もある。

 

 事実だとすればロマンある話だが、これも残念ながら、後世になって作られたものという見方が強いようだ。

 

 実際、私もこれは古代からあったものではないと考える。

 

 それは別に日本が遅れていたとかそういう話ではない。文化の話だ。

 

 言霊という言葉がある。

 

 言葉には物事を動かす不思議な力があるという考え、あるいは信仰だ。

 

 雨よ降れと言えば、その言葉の力で雨が降る。古代人はそのように考えていた。

 

 今でも、旅行を楽しみにしている友人に、「雨が降るよ」とでも言って本当に降ったら、つまらないことを言ったばかりにと謝ったりする。

 

 口から発する言葉、声、響きにそのような力があるのに、紙に書いてしまっては、その力が失われる。

 

 

 妥当な表現かは自分でも疑問だが、文字は、音楽を音符で聴く(?)ような感覚だったのだろう。

 

 古代の日本人にとっては、言葉は単なる情報伝達の手段ではなかった。

  

 これは日本だけではなく、古代ヨーロッパの一部地域なども同じような文化で、文字がなかった。

 

 いずれにせよ、古代日本では、文字は有害、と言っては言いすぎだが、少なくとも必要なものではなかった。

 

 

 もっとも、時代が進み、社会が複雑化してくると、そうも言ってられなくなる。

 

 そこで、文字を導入することとした。

 

 その時、導入したのが漢字だった。

 

 他の文化の優れたところは率直に認めて取り入れるのは日本の長所だとは思うが、明治維新のときのように、とにかく時間がないというのではないのだから、ここで時間をかけてでも日本固有の文字を作っておいて欲しかったというのが正直なところだ。

 

 しかし、今から言っても仕方がないし、今からだって遅いということはない。

 

 文字の起源は様々あるが、例えば中東で発見される粘土板の文字の内容には、取引に関するものが多い。

 

 口頭だけで取引して、当事者が忘れたりすることによるトラブルを防止するため、誰に何をいくらで売ったかを記録する、帳簿や契約書のような役割を果たしていたようだ。

 

 他方、絵画や宗教的意義を持つ模様が文字として発展したケースもある。

 

 エジプトのヒエログリフや、中国の甲骨文字-後の漢字-などだ。

 

 同じような土台は、当然日本にもあった。

 

 かつては、縄文時代の人々は集団で獲物を追ってその日暮らしの生活をしていたと考えられていたが、近年では、定住し、原始的ではあるが農業を営み、他の地域との交流もあったことが分かってきている。

 

 土器や黒曜石、ヒスイ等が産出地から相当遠方、時には日本海を越えた大陸側で見つかったりもしており、相当な広範囲での活発な取引がなされていたと考えられている。

 

 そのような取引を口頭だけで行って、トラブルになるのを防止するための、メモ書き程度のものはあっても不思議ではないと思う。

 

 何らかの理由で、そのようなものがなかったか、あるいは失われたかしたとしても、他方で絵画や模様、記号のようなものは日本各地に残っている。古墳や銅鐸にも描かれている。

 

 あくまで絵だと片付けられてしまっているが、現在も使われている世界各地の文字も、始まりはそんなものだった。

 

 ならば、絵画や模様、記号が象形文字等になり、さらに発展していった過程を、日本についても再現できないことはないのではないか。

 

 日本各地に存在する絵画や模様、記号を、他の文字が形成されていったのと同じような経緯を辿って、改めて日本固有の文字として作れないか。

 

 言語学などまったく分かっていない素人考えだが。

 

 

 「かな」は仮名と書かれる。その字義を直截に見るなら、あくまで仮のものだ。

 

 やはり、今からでも日本固有の文字を作りたい。